試し読み終了・目が覚めると冷たい汗を。ありふれた名字だった。 8-2.→9.

8-2.目が覚めると冷たい汗を。

ギュルル……と少し跳ね、服を削った後に、鎖骨のあたりに納まった。これから力を込め、押し進めていけばアンが切断される。少し力を込めると人間の身体は以外と硬い。カップで売っているカキ氷に金属製のスプーンを押し付けるような、そういう感触が手に伝わった。アンに直接触れた訳じゃあないけど、体温が失われた身体は冷たく、そして硬い。ドッドッド……振動は僕の腕とアンの身体に伝わっていく。


 ……目が覚めると冷たい汗をかいていた。夢、か。図書館で調べて知ったことが、夢の中で他の情報と再統合されて映像になったのだろう。どこかゲーム的に思えるのは、ゲームの記憶が引っ張り出されたのかも知れない。隣を見ると、アンはもう目を覚ましていて天井の方を見ていた。その目から涙がつうっと流れた。僕の夢を見られたのじゃないか?と不安な気持ちになるが、夢ってそういうものじゃないことにすぐに気付く。アンも同じような夢を見ていたのかも知れない。だけど僕はそれを聞けなかった。


9.ありふれた名字だった。

「愛は地球を救うって言うけど、俺はなんかあの言葉は嫌いだったな。悪い言葉じゃないよ。でも愛が地球を救うなら、何が地球をダメにしているのか?憎しみか?何かね、そこらへんをハッキリさせないで、愛を万能薬、魔法みたいに扱うのって、ちょっと違うと思うんだよねぇ。」

 大学の時の友人か誰かがこんなことを言っていたと思う。



これにて試し読みは終了です。続きは、『劇団ヤルキメデス超外伝』のナカノ実験室が小冊子という形で販売しております。なんらかの形でご連絡頂ければ、販売することもできるかも知れません。また、電子版の販売なども検討しております。

歯が歯茎ごと剥き出しになっていた。 8-1.

8-1.歯が歯茎ごと剥き出しになっていた。

既にニアデス・ハピネスは失われ、アンの顔面は苦悶の表情や、もっとデタラメな表情を繰り返している。顔の骨の上に筋肉があり皮が張ってある、ただそれだけのモノになってしまった。眼球はグルグルと動き、最終的に白目になってしまった。ゾンビはやはり白目なのだなと思う。そして、そこから青い血が溢れてくる。ただただ溢れてくる。手足の動きはもっとデタラメで、すぐに立っていられなくなり床の上をのた打ち回った。バタンバタンと音がして、椅子や机にぶつけると皮膚が破れ、そこからもまた青い血が噴き出してきた。人型のネズミ花火とかあればこんな感じかも知れない。

 それらもやがて静まり、すうっと立ち上がった。もしかしたらマリッジ・ブルーなんてふざけた病気はウソだったのじゃないか?と、少し心が動いたのだけど、それはすぐに打ち消された。顔をふっと上げると、それはかつてアンだったモノだということが分かる。目は白目で、青い血を流し、口は裂け、歯が歯茎ごと剥き出しになっていた。ゲームや映画でよく観たゾンビそのものだった。

 ドッドッド……僕は手の中のチェーン・ソウを振り上げる。そう言えば、どこから切断するかを考えてなかった……だけど自然にアンの顔と腕を避け、肩口の辺りに持っていく。自分でも不思議だが、そこが一番切断しやすかったのかも知れない。

僕が大学二年生の頃に出版された本だった。【略】②。 7-3.→8.

7-3.僕が大学二年生の頃に出版された本だった。

僕は出来なかったが、いや、これからするかも知れないが、愛する人が死を迎える間に何もしないというのも考えにくい。そこから起こりうる結果の一つに関して全く例がないのは……不気味なモノを想像させる。しかし、その事に関しては既にデジタル化された新聞でも確認したし、もう『マリッジ・ブルー』に関する知識として広く知れ渡っている。裏表紙を確認すると、その本は初版だった。重版されているかは分からないが、僕が大学二年生の頃に出版された本だった。まだその当時は『謎』だったことなのだろう。アンを見ると下を向いていた。泣いてはいないけど、涙が流れていないだけかも知れない。手渡す時のアンの顔をちゃんと見ておけば良かった。僕は、できるだけ優しい声を出すようにして、言った。

「大丈夫、知っている。知っているから。」

 その言葉が、正しい言葉だったかは、分からない。


8.【略】②。

 ドッドッド……僕の手にエンジンの振動が伝わる。臨死最恍惚微笑(ニアデス・ハピネス)が始まると三分経たないうちに花嫁は死に、そしてまた三分経たないうちに、ゾンビとして復活するという。変貌していく彼女を見るのは、ツライ。だけど僕はその最期の様子を見なければいけない。最後に「ありがとう」と言い、その後は違うモノへと変わっていく彼女をじっと見つめていた。

 見慣れた『形』が崩れていく様子は見るに耐えない。だけど例えば、映画などでシーンとして観た事があるからか、思っていたほど心が壊れてしまうような衝撃はなかった。それは心を守ろうとする防衛反応のようなモノだったのかも知れない。

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